保育園に子供を預けていた私が仕事を辞めた理由

退職届を出すサラリーマン 仕事の話

退職届を出すサラリーマン専業主婦が向かない私にとっては辛かった育児休暇を終え、息子も認可の保育園には落ちたけれど10月という普通なら入れない時期に運よく認定保育園に入園する事ができ、いよいよ仕事復帰。

 

もともと性格的にも家でじっとしているのが苦手で、子供を連れて外出するのも一苦労な育児生活が当時の私には苦痛でしかなかったので、子供を預けて仕事に行けるのが楽しくて仕方なかった。

女性社員の多い会社だったので先輩たちと会話することも、一人で電車に乗れることも、全てが新鮮でリフレッシュできた。

 

もちろん仕事上のストレスが全くなかったわけではなく、育児しながら仕事をするということは一緒に働く人に迷惑をかけることも多々あり、特にうちの子供は病気がちで月に2、3日以上は熱を出すような状態だったので一緒の部署で働いていた方々にはだいぶ迷惑をかけ、それが原因で先輩から嫌がらせを受けることもあった。

 

自分の好きな職種に就く事ができ、仕事ももっともっと技術を磨いていきたい時だったので、

当時の私に「仕事を辞めたいか?」と聞かれたら、迷わず「辞めたくない」と、答えたと思う。そんな私が仕事を辞めた。

仕事を辞めた後に一番驚いたのは保育園からの圧力

もし今、仕事と育児との両立に悩んでいる方がいたら、仕事を辞める事でどんな風になるのか、もちろん同じ経験をされる方は少ないと思うけど、こんなことも起こりうるんだよ~と、知っていただければと思います。




大好きな仕事を辞めた理由

「仕事と家庭と、どっちが大事?」

と問われたら、私は「家庭」と答えます。

 

…正確にいうと、そうありたいと望んでいます。

多分私の本質的には仕事の方が好きなんだと思う。でも仕事を優先した家庭を築かないように気をつけようということは新婚当初から思っていました。

家庭の大切さを、旦那さんや子供にも感じて欲しいからです。

 

日本の社会ではそんな考え方が受け入れがたい方も多いようで、仕事を第一優先にしている人や、そうするのが当たり前とプレッシャーをかけてくる人はいます。

私はそういった一人一人の考え方が、全体的にもう少し家庭を中心にする考え方に変わりバランスが取れるようになったら日本はもっといい国になるんじゃないかと密かに思っています。

 

 

私が働いていた職場はお花屋さんで、寒い場所で一日中立ち仕事をしますし、水がたっぷり入った重いバケツを運びます。

長男を妊娠中にも出血やお腹の張りがあり、事務へと部署を変えてもらった経緯もありました。

(それがきっかけで先輩からの嫌がらせが始まったのですが…、もしあの時部署変えをお願いしていなかったら、無事に長男が産まれてきていたか分からないのであの判断は正しかったと今も思っています。)

 

復帰してまもなく、2人目を妊娠しました。

けれど心拍を確認してすぐにお腹の中で亡くなりました。

思いがけずの妊娠で、発覚からの日も浅かったのでその時はそんなにショックではありませんでした。

けれど立ち仕事の部署に戻っていた私は「この仕事をしている以上、もう子供を産むことはできないのではないか?」という思いが、漠然と心の中に生まれてきました。

 

 

そして予想以上に多い1歳の息子の発熱と呼吸困難。小児科からは喘息の診断をもらい、少しでも体調を崩すとすぐにヒューヒューして、音がしていない時の方が少ないくらい、常に苦しそうでした。

 

「休んだ方がいいのかな」と、迷うことはしょっ中。

でもあまりに体調を崩す回数が多いので、「保育園に預けられる時は預ける!保育園に断られたら仕方ないから休もう」と割り切りました。

 

職場に迷惑をかけているという罪悪感。

 

私が仕事をしているばっかりに子供に負担をかけているという罪悪感。

常に心の中にある罪悪感は気にしないようにしました。

 

けれど冬が来て、寒さが厳しくなるにつれ、息子の体調は良くなるどころかどんどん悪くなるばかり。仕事して、育児して、家事をして、疲れ切っているのに夜間にメディカルセンターに通うこともしばしば。

 

とうとう復帰3ヶ月後に息子は入院をしました。

 

マスクをつけた知らない人たちに部屋に入れられ、抑え付けられて腕に針を刺され、包帯でぐるぐる巻きにされて点滴と繋がれる。

訳のわからない1歳児からしたら恐怖体験以外の何者でもないですよね。泣き叫ぶ息子の声を聞き、私の罪悪感はピークに達したのだと思います。

「仕事を辞めよう」と、心に決めました




大好きな仕事の最後

心に決めたものの、なかなか上司には伝えられませんでした。

 

「辞める方がいい」という気持ちと「辞めたくない」という気持ちが心の中で戦っていました。

 

息子の入院が1月で、3月に上司に退職の希望を伝え、上司からは5月の母の日が終わるまでは続けて欲しいと言われました。

 

母の日は花屋にとっては一大イベント。毎年アルバイトも雇って一年の中でものすごく忙しくなるシーズンです。私としても、最後の母の日はどうしても参加したいという思いがありました。

迷惑ばかりかけていた職場に、少しでも恩返しをして気持ちよくサヨナラをしたかったんです。

 

 

そんな矢先、妊娠が発覚。

またしても職場の方達に心配かけると、複雑な心境でしたがなんとか母の日直前までは順調に迎えることができました。

 

 

ところが、、、

派遣のアルバイトさんを迎えた母の日の週初日に下着からもスカートからも染み出るほどの大出血。

一番忙しい日に役に立てなかったばかりか上司の手を煩わせてしまい、仕事の途中で病院へ搬送。医者からは絶対安静の指示を受けて寝たきりとなり、最後の母の日は最悪の形で幕を閉じたのでした。




寝たきり状態の自分に告げられた夫の衝撃的な決断

退職した後しばらく気分は最悪でした。

職場の最後の日のことが何度も思い出され、結局最後まで迷惑をかけることしかできなかった自分を責め、涙が止まりませんでした。

そんな私に、追い打ちをかけるかのように夫が衝撃的な決断を口にします。

 

「あのさ、仕事辞めようと思う」

「·········は‼︎⁇」

え?···今⁇

なんで今⁇⁇

わたし仕事辞めたばっかりで、しかも寝たきりなんですけど。

ってゆうか、パパが仕事辞めるつもりなら私は仕事続けたよ、ってか本当は続けたかったよ。

もっと早く言ってよ。二人して仕事辞めて子供どうするつもりなんだ、一体この人は。

 

いろんな気持ちがぐるぐる回ってしばらく混乱状態。

さらに話を聞いてみると、仕事を辞めて1ヶ月実家に帰りたいとのこと。実家の母親が心配なんだとか。

 

その時になんと答えたか今はもう覚えてないけど、とにかく「ありえない」と思った。

仕事は辞めたばかりで寝たきりだけど、そうゆっくりもしてられずすぐに就活やな。




就活中の母親への保育園からの圧力と、保育園を辞めた理由

大量出血の後1ヶ月近く寝たきりで、でも結局赤ちゃんは死んでしまって流産手術をしたのが5月末。

6月に花屋で正式に退職の手続きを済ませ、皆さんにお別れの挨拶。

 

「戻ってきたい」とは、さすがに言えなかった。

自分から辞めると言って、最後の最後まで迷惑をかけて。

 

 

休養中、母に子供の送迎をお願いしていた。母は保育園には私が安静状態になっていたことも、流産したことも伝えていた。

 

退職の手続きを終え、さて、これから就活頑張るぞ。っと、でも一体、私はなんのために大好きな仕事を辞めたのだ?ふと疑問が湧いてくる。

そして旦那に腹が立つ。

 

でも怒ったところで時間は元には戻らないので、無理やり前を向いて仕事を探す。

 

保育園の入園理由が就業中から求職中になったととんに、保育園の先生の態度が変わった。いや、前から細々したことを聞いてくる先生だったけれども。。。

 

お迎えの度に「今日はどうでしたか?お仕事見つかりましたか?」「就職活動大変ですよね~」と、わざとらしく毎日聞かれる。その度に「いや、なかなか難しいですね」と答える。

自分で言うのもなんだけど、私は夫からも「ばか」と言われるほど人を信じやすい。そんな鈍感力の高い私でも嫌な気持ちを感じるほど、保育園の先生からの執拗な質問は仕事が見つかるまで毎日続いた。





 

私の場合学歴も専門学校卒で、経験してきた仕事もお花屋さんと一般的にスキルが評価されるような職種ではない。

 

子供を産む前と産んだ後ではこんなにも就職活動が難しくなるのかと、現実を思い知った数ヶ月だった。

 

私の住んでいる市では求職中の理由で保育園に預けられる期間は90日(約3ヶ月)。

当初希望していた職種は事務系。

前職が体力系だったこともあり、長く続けるには事務がいいと思っていた。しかし、経験がないのでなかなか面接までいかず。。。

 

条件を広げる方がいいのかなぁと思い始めた頃にハローワークで保険会社のセールスの方に声をかけられた。

求人を見たことはあってもスルーしていたけれど、保育園を退園してしまったらそれこそ仕事を見つけるのは至難の技。

夫が職なしで実家に帰っている今、何としてでも仕事を見つけなければ!と、藁にもすがる思いで保険会社の研修に参加することにした。

 

研修中は本採用ではないけれど時給でお給料もいただけるし、保険について勉強させてもらえた。更に就労証明を出してもらうこともでき、なんとか保育園も退園せずにすんだ。

 

ところがどっこい、旦那さんが実家から帰ってくる前にまたしても妊娠が発覚。

本当に妊娠しやすい自分の体が恨めしくなる。

 

もしかしたら会社も退職(本採用されてはいないので退職とは言わないかもしれないけれど…)させられるのかもしれないと思いつつ、隠しても仕方のないことなので正直に事情を話す。

 

研修中は上司も何も言わず資格試験も無事合格。





みんなで喜んでいる中上司から「採用することはできない」との宣告。雲の上から投げ落とされたような気分。

 

今考えれば当たり前のこと。けれどその時の私は本当にどうしたらいいのか分からず、自分が家族を養っていかなければとさえ思っていたので、泣いて上司に事情を話して「一生懸命働くので働かせてください」と頭を下げた。

 

無情にもその願いは果たされず、、、

 

 

また希望を見出せない日々が始まる。

そんな中、保育園にも妊娠したこと、会社を辞めたことを話した。

 

 

こんな状態(お腹に赤ちゃんのいる状態)で就活を続けたところで決して動かない岩を押しているようなもので。

 

どうしたものかと、ある日夫と一緒に市の保育園を管轄してる部署に相談に行くと信じられない一言が。

「あぁ、〇〇さん(私の名前)ですね、保育士さんから聞いてますよ。本当に仕事してるのかって」

 

「··················はぁ?」

プッチーン。

私の中で何かが切れた音が聞こえました。

 

毎日毎日同じ質問でプレッシャーをかけ、そのプレッシャーから胃が痛くなり、登園拒否をしたくなるほど精神的に負担だった保育士さんからの圧力。ずっと私を疑っていて、しかも市の職員に報告していたんだ。

 

市の職員からは妊娠しているので出産後2ヶ月までは保育園に預けることができると話しを聞いたけれど、そんな保護者を疑うような保育園に二度と行くか。

 

直後に保育園に電話。園長先生と代わってもらい、市の職員から聞いた話と、明日保育園を退園しますと伝え電話を切る。

 

 

次の日保育園へ行くと園長先生はおらず、副園長が対応

 

副園長「そんなこと、誰もいってないんですけどね」

 

私「は?そしたら全然面識のない市の職員がなぜ私を知ってるんですか?」(心の声)

 

副園長「なんだか、残念ですね」

 

私「私もとても残念です」(本当の声)

 

散々プレッシャーをかけまくってた毎日話しかけてくる保育士さんが最後に出てくる。

いつもと違いやけにペコペコして愛想笑いを浮かべてる。

 

「また、イベントもやっているので良かったら来てくださいね」

「二度とくるかよ」(心の声)




まとめ

あの頃のことを思い出すと、今でも感情的になってしまう自分がいます。今まで生きていた中で最も辛い経験が立て続けにおこった時期でした。

 

傷つく言葉を会社や保育園からもうけ、それでも傷ついていないふりをして毎日保育園へ通っていました。

 

母親が仕事をするため。心の健康を保つため。子供が社会と交わりいろいろなことを学ぶため。保育園の存在は私たち母親にとってとてもありがたいもので、現代社会になくてはならない存在となっています。

 

そこは親にプレッシャーや負担をかける場所ではなく、親と保育者が信頼しあって、お互いに協力しあって共に幼い子供達を育んでいける場所であって欲しいなと心から思います。

 

また、仕事を辞めることや転職を考えられているお母さんに申し上げたいのは、小さな子供がいる今、就職活動は以前よりもとても難しくなっているということです。

「仕事を辞める=家庭保育になる」覚悟をもっていた方がいいです。

 

当時の私は「自分が働かなくちゃいけない」という思いと「保育園を退園したら仕事を見つけらない」という思いにかなり追い詰められていて、保育園を退園しないようにと必死だったと思います。

 

けれど家庭での育児を心に決め保育園を退園してみると、保育園に通っていた時よりもずっと心が軽くなったんです。

 

二人目がお腹にいて、長男と一緒に家で過ごすことができた時間は今でも私にとって宝物のような時間となっています。その期間に学んだことがたくさんあります。

 

なかなか思い通りにならないこと、たくさんあると思います。

でもそんな中でも精一杯、最善を探して子育てをなさっているお母さん方、育児ができる「今」を大切にして欲しいと思います

そして思い通りにならないことすべてをひっくるめて、「今」を楽しんでほしいです。

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